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オジがメタボ→脳幹出血で意識不明重体になった


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こんな話題をブログに書いていいのか悩んだが、書く。

オジが意識不明の重体になった。そして意識不明の状態になってから10日ほど経過した。

オジとは年に一度、お正月の席で顔を合わせるほどの間柄。あとは自分が幼少期にジェットスキーに乗せてもらった(?)り、タイヤ交換の方法を教えてもらったくらい。

病院へお見舞いに行き、意識不明重体のオジと面と向かい合い、少しだけ思い及ぶことがあったのでここに記すことにしました。

  

「悲しい」という感情が一切なかった

「オジが倒れた」と聞いたときも、そしてオジのお見舞いに行った時も、「悲しい」という感情が全く湧いてこなかった。

親族なのに、母親の弟なのに。なぜ?

年に一度しか会わなかったから、仕方がない?それでも何かすごくモヤモヤする。

母親やオバは一体どれほどの悲しみを胸に抱えているのだろうか。オジの父である祖父は一体どんな心境なんだろうか。

「悲しい」という感情が湧いてこないことが悲しくて、少しだけ苦しい。モヤモヤが消えない。

 

ただひたすらに残された子供たちが「かわいそう」

オジが重体になって、「悲しい」とは思わなかった。

でも、オジには小学生と中学生の子供がいて、その二人のことを思うと胸が締め付けられるような、とても辛い気持ちになった。あの子達は今何を思っているだろう。どれほど辛くて苦しいだろう。

子供達がオジをお見舞いに行ったとき、二人とも「もう次は来たくない」と言ったらしい。お父さんの姿を見るのが辛い、怖いと。

今まで元気で毎日顔を合わせていた一番身近な人が、突然動かなくなる事がどれほどのものか。

想像しただけで涙が止まらない。

 

お見舞いに行った時に、母親と話しかけているとオジは時々反応してくれた。頭を少し動かしたり、足や手がピクッと動いたり。目を数十秒見開いて、こちらを見つめてくることもあった。

自分や母親の声が聞こえていたのかどうかなんて事はわからない。

でも目を閉じた少し後、オジの目からは一粒の涙が流れていた。

あれは一体何の涙だったのか。母親いわくオジはとても優しい性格だったらしい。残してきた子供二人に「ごめんなあ」そう言っているような気がした。

あの時もしオジに意識があって、声を出したくても出せないという状態であったならば、どれだけもどかしく辛かったろうか。

 

赤信号のサインを軽視しないで

オジの家の机の上にあった過去3年間の健康診断の結果を見た。

2014年からすでに高血圧で、「メタボリックシンドローム」と診断されていた。2016年の結果では、血圧の数値がさらに上がっていた。

オジは何か少しでも健康面を改善しようと試みたのだろうか。それとも「俺は大丈夫」と高を括っていたのだろうか。いずれにせよ血圧が上がり脳幹出血を引き起こし、意識不明重体になってしまったことに代りはない。

自分が強く思ったのは、メタボとの診断が出たときにしっかりとした知識を身につけて改善策を講じるべきだったということ。

これまでの生活や現状を”変える”ことは、正直かなり面倒だしきついため、とてつもないエネルギーと精神力が必要。だから多くの人が現状を嘆く一方で何も変えようとしないし、変わろうとしない。

でもそれじゃあ快方に事が運ぶわけがない。むしろ逆で、悪くなる一方。

だからもし今「自分はココがダメだなあ」「改善しないと、後々ヤバい大変なことになりそうだ」と少しでも思っていることがあるなら、今すぐにでも行動に移すべきだと思う。

それが健康面のことなら、なおさら。

まだ幼い子供を持つ親なら、なおさら。

 

まだまだ思う事がたくさんあって、心にモヤモヤが残っているような気がするけど、うまく言語化できそうにない。

オジの回復を心から祈っています。